文字起こしをきれいにしたら、5 分ぶんの発言が消えた

会議の文字起こしに、同じ文が何度も並ぶことがあるんですよ。音声から文字を起こす仕組みは、 無音や雑音のところで同じ言い回しを繰り返してしまうことがあって、そうなると同じ一文が延々と 続いた記録が出てくる。読むと明らかに変なので、最初にやったのは、繰り返しを消すフィルタを 書くことでした。

これで記録はきれいになって、読みやすくなったし、余計なものが消えたぶん要点も追いやすく なりました。その時点では、問題は片付いたと思っていたんです。

2 ヶ月後、同じかたまりが 6 回並んでいた

それから 2 ヶ月くらい経って、ある会議の記録を別の用件で頭から読み直していたときのことです。 前半は普通だったんですが、中盤に入って同じ話が何度か出てくるところがあって、そこで手が 止まりました。18 文ぶんのかたまりが、そっくり同じ順番で 6 回並んでいたんです。

「では次回までにこちらで整理します」

「お願いします」

「日程は追ってお送りします」

「では次回までにこちらで整理します」

「お願いします」

「日程は追ってお送りします」

こういう形です。1 文ずつの繰り返しなら前に書いたフィルタが消していたんですが、かたまりごと 繰り返されると、隣に並ぶ文はいつも別の文なので「重複」としては見つからないんですよね (フィルタ、効いてないじゃないか、と思いました)。

音声を聞き直したら、別の話をしていた

おかしいと思って元の出力を取り出して、実際の音声を聞き直してみたら、その 6 回ぶんの場所では、 まったく違う話をしていたんです。人数も違えば内容も違う、次の月の段取りについてのふつうの 相談で、記録のほうには 1 文字も残っていない。時間にして 5 分ほどでした。

繰り返しが増えていたんじゃなくて、繰り返しが、そこにあった発言を上書きしていたんですよ。

フィルタがしていたこと

つまり私が書いたフィルタは、消えた発言のあとに残った「繰り返しの跡」を掃除していただけで、 跡さえ消せば読みやすい記録にはなるんですが、消えた 5 分は戻ってこないんです。しかも跡が 消えたぶん、消えたこと自体が分からなくなって、残るのは短くて読みやすい記録だけになる。

繰り返しが並んでいれば「何かおかしい」と気づけるじゃないですか。でも掃除したあとの記録は、 ただの短い会議に見えるんですよね。きれいなほうが気づけない、というのが一番いやなところでした。

2 ヶ月気づかなかったのはそのためです。フィルタを書いた日から、私はこれで問題を直したと 思っていたんですが、実際にやっていたのは問題を見えなくすることで、その 2 ヶ月のあいだにも、 同じことは起きていたはずなんです。

もうひとつ、あとから効いてきたことがあって、その会議の要約も、決まったことの一覧も、全部 この記録から作られていたんですよね。消えた 5 分は文字起こしから消えただけじゃなくて、 そのあとに積み上がったもの全部から抜けていたことになります。元の音声さえ残っていれば 復元はできますが、残っていなければ、それで終わりです。

後始末と対策は違う

直すには、掃除ではなく、起きた時点で気づいて取り直すしかありません。文字になったあとでは、 何が失われたのかを記録の側からはもう知りようがなくて、音声を聞き直す以外に確かめる手が 残らないからです。

いまは、出てきた文字起こしがどれくらい「縮むか」を毎回測っています。同じかたまりが繰り返されて いる文章は、圧縮するとよく縮むんですよ。縮み具合を数字にすると、ふつうの日本語の会議なら 2.1 から 2.8 くらいに収まるんですが、繰り返しが起きた回は 7.7 まで跳ねていました (数字が大きいほど、同じ言葉が多いという意味です)。これだけ離れていれば、線を引けます。

線を越えたら、条件を変えて文字起こしをやり直す。同じ条件で投げ直しても同じ結果が返ってくる だけなので、変えないといけないのは入力ではなく条件のほうでした。それでも直らなければ、 いちばん縮まなかった結果を採用します。あと区切りも短くして、1 回で失われうる長さを半分に しました。こっちは直すのではなく、失う量を減らすほうの手当てですね。

読んでいて気づけない種類の欠け

この話のいやなところは、記録を読んでいる側からは、何も起きていないように見えることなんですよね。 5 分ぶんが抜けた議事録も前後は普通に繋がっていて、抜けた場所に穴が開くわけではありません。

会議に出ていた人なら「あの話がない」と気づく余地はありますが、出ていなかった人には、 そもそも比べる相手がない。最初にフィルタを書いて「きれいになった」と喜んでいたあの記録も、 本来は、出ていなかった人が読むためのものだったんですよね。